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長野地方裁判所伊那支部 平成5年(ワ)92号 判決

主文

一  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、金二三二八万六一六八円及びこれに対する平成三年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、金二五六二万〇八三〇円及びこれに対する平成三年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

第二  事案の概要

一  本件は、原告金子国子(以下「原告国子」という。)の夫であり原告金子重幸(以下「原告重幸」という。)の父である金子英男(以下「英男」という。)が死亡した事故(以下「本件事故」という。)について、原告らそれぞれが、被告ら各自に対し、被告箕輪町については国家賠償法二条一項に基づき、被告小島鉄三(以下「被告鉄三」という。)については民法七〇九条に基づき、被告有限会社小島管工設備(以下「被告会社」という。)については民法七一五条に基づき、原告らが相続した各損害金として主張する二三三二万〇八三〇円及び弁護士費用として主張する各二三〇万円の合計各二五六二万〇八三〇円並びにこれに対する本件事故の日である平成三年一一月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

二  争いのない事実および証拠上明らかな事実

1  本件事故の発生

(一) 事故発生日時 平成三年一一月六日午後六時五〇分ころ(争いがない。)

(二) 事故発生場所 長野県上伊那郡箕輪町大字東箕輪九三四番地先町道(争いがない。)

(三) 事故発生状況

(1) 本件事故発生場所の位置

本件事故発生場所は、南北に走る主要地方道伊那・辰野停車場線(以下「本件県道」という。)と東西に走る箕輪町道七七一号線(以下「本件町道」という。)がT字型に交差する交差点の町道側にあたり、その付近の本件町道は、全幅員3.6メートル、アスファルト舗装幅員2.4メートルであり、その付近の本件県道は、幅員6.1メートルのアスファルト舗装道路で、西側に幅員二四センチメートル、東側に幅員七〇センチメートルの無蓋側溝のある見通しのよい直線道路である(争いがない。)。

(2) 工事の状況

① 被告会社は、箕輪町長岡区長から、「農業集落排水事業上水道管布設替補償工事」として、上水道の仮配管工事と最終的な布設工事を請け負った(以下この請け負った工事を「本件工事」という。)(争いがない。)。

② そこで、被告会社は、平成三年一一月五日から、本件事故発生場所付近において、工事を開始し、翌六日、その代表者である被告鉄三及びその従業員である小島敏一(以下「敏一」という。)らが、本件事故発生場所において、本件町道の掘削工事を行い、その結果、本件県道の西側側溝に接して、本件町道上に、南北に2.9メートル、東西に1.9メートルの範囲にわたり、高さ三五センチメートルの盛土を生じさせるとともに、右盛土に接して、東西方向に幅六六センチメートル、南北方向に長さ2.5メートル(底部の長さは1.3メートル)、深さ八二センチメートルの範囲にわたる穴(以下「本件穴」という。)を掘削した(甲第二、第一〇ないし第一三、第一六ないし第二〇号証。原告と被告会社及び被告鉄三との間には争いがない。)。

(3) 本件事故の発生

英男は、本件事故発生日の午後六時五〇分ころ、本件事故発生場所から約二〇〇メートル離れた自宅を出て、ジョギング中に、本件事故発生場所を通りかかったところ、なんらの照明や棚等の危険防止措置の施されていない本件穴に転落した(甲第六ないし第一三、第一六ないし第二〇号証。原告らと被告会社及び被告鉄三との間には争いがない。)。

2  英男は、平成三年一一月一六日、急性心不全のため死亡した(甲第四、第五号証)。

3  英男の相続人は、妻原告国子と長男原告重幸だけであり、相続分は各二分の一である(甲第六号証及び弁論の全趣旨)。

4  被告鉄三及び他の被告会社の従業員らは、本件町道上に穴を掘削するに当たって、通行人等が穴に転落するのを防止するために、棚を設置したり、日没後においては照明灯を設けるなどの必要な危険防止措置を講ずべき注意義務があるのに、これを怠った過失があり、その過失の結果本件事故が発生したものであって、過失と相当因果関係のある損害について、被告鉄三は民法七〇九条の不法行為責任を負い、また、被告会社は被告鉄三らの使用者として民法七一五条の使用者責任を負わなければならない(原告らと被告会社及び被告鉄三との間に争いがない。)。

5  被告箕輪町は、本件町道の管理者である(原告らと被告箕輪町との間に争いがない。)。

三  争点

1  本件町道の管理の瑕疵の有無

(一) 原告らの主張

(1) 本件町道には、なんらの危険防止措置がないまま本件穴があいており、道路としての通常有すべき安全性を欠いていたものであるから、本件町道について被告箕輪町の管理に瑕疵があったというべきである。

(2) これに対し、被告箕輪町は、本件町道の危険性を発見し、これを除去し、回復し、道路を安全良好な状態に保つことが不可能であったから、その管理に瑕疵は存在しなかった旨の主張をするが、次の事実からみて、右主張は認められない。

① 本件工事は、被告箕輪町が上島建設工業株式会社(以下「上島建設」という。)に農業集落排水工事を発注したことから、その工事に付随的かつ不可避的に行われなければならなくなったものであり、かつ被告箕輪町からの補償をもとに箕輪町長岡区長が被告会社に請け負わせたものであって、本件工事を指示監督する同区の水道委員の柴朝之(以下「柴」という。)は被告箕輪町の工事の補助員もしており、しかも、被告箕輪町水道課の毛利岳夫(以下「毛利」という。)も現場監督員としてこれらの工事について日常的な監督をしていた。したがって、被告箕輪町としては、当然に本件工事の時期、場所及び内容等を知りうる立場にあり、現に箕輪町道上において穴が掘削されることを事前に知っていたのであって、本件町道において本件穴等が掘削されることも当然に予見可能であった。

② そうすると、被告箕輪町としては、上島建設の右工事が始ったころから町道に対し危険招来のないように十分な監視体制をとるなどの適切な処置を講じるべきであったというべきであり、そのような処置がなされていれば本件事故は回避可能であった。

③ しかも、本件穴は、本件工事の一環として本件事故発生当時の昼すぎころから掘り始められ、同日午後二時ころには周囲に防護柵等がないまま本件穴の半分が掘削され、その後埋め戻したり掘ったりしながら、同日午後四時半ころには本件穴が本件事故発生時の状況に固定され、同日午後六時五〇分ころに本件事故が発生したものであるから、本件町道は、遅くとも同日午後二時ころには通常有すべき安全性を欠く状態になっていたというべきであり、本件事故発生までその危険性を除去するについて時間的余裕は十分にあったというべきである。

(二) 被告箕輪町の主張

(1) 箕輪町内の公共道路において工事をする場合、所轄の伊那警察署に対し道路使用許可申請書を提出し、同警察署から被告箕輪町に対し道路使用許可についての意見が求められることになっているところ、本件町道における工事については、道路使用許可申請がなされておらず、被告箕輪町は、右工事について知りうる状況になかった。

(2) なお、本件工事は、箕輪町長岡区が独自に行う工事であり、工事請負業者も同区が自らの判断で選定するもので、被告箕輪町が同区の選定した被告会社に指示監督する関係にはない。しかも、本件穴の掘削工事は、本件工事の計画書で定められたものではなく、断水事故が生じたことにより被告会社の現場作業員がその場で考え実行した突然の変則的な工事であり、同区においても当然に予想した工事ではなく、被告箕輪町においてはまったく予想しえない工事であった。

(3) そして、被告会社は、本件事故発生日の午後二時ころから本件穴の掘削工事を開始したのであるが、被告鉄三と被告会社従業員の敏一の二名がバックフォーで穴を掘るという作業をしていたのであり、その後日が暮れてからも、二トントラックの前照灯で掘削現場を照しており、敏一が掘削場所を離れても被告鉄三が作業をしていたのであって、同日午後六時五〇分ころまでは本件町道には通常有すべき安全性を欠くといえない状況であった。

(4) 本件町道が通常有すべき安全性を欠くに至ったのは、被告鉄三が、同日午後六時五〇分ころに右二トントラックで右掘削場所を離れたときからであり、その後本件事故が発生するまでは約五分間しかなかった。

(5) したがって、道路管理者たる被告箕輪町が、本件町道の危険性を発見し、これを除去し、回復し、道路を安全良好な状態に保つことは不可能であったものであり、本件町道について被告箕輪町の管理に瑕疵は存在しなかった。

2  過失相殺

(一) 被告会社及び被告鉄三の主張

次の諸点を考慮すると、本件事故の発生については原告にも過失が認められ、原告の過失の割合は五割あるものというべきである。

(1) 被告会社及び被告鉄三の過失の程度は、次の諸点からみて小さい。

① 被告会社が請け負った工事は、上島建設が被告箕輪町から請け負った下水道管布設工事に対応した、その工事区間における上水道管の仮配管と新規布設工事であって、上島建設が道路交通法上の道路使用許可を得て人車全面通行止めにしている区間の道路とこれに隣接する住宅への配管工事を行っていたものである。したがって、本件町道については、被告会社が請け負った掘削工事の対象外であった。

② 本件事故当日の午後になって、被告会社は、箕輪町長岡区の水道委員の柴から、このままでは三世帯に配水されなくなるから、本件事故発生場所の掘削と仮設配管工事をするようにと指示され、被告会社は、急遽掘削することになった。

③ ところが、被告会社が右指示どおり掘削して仮配管工事をしても、右三世帯への配水がなされなかった。

④ そこで、右三世帯への仮配管工事を夕食時までに別にしなければならなくなり、そのためいくつもの箇所を暗くなる中で同時に工事しなければならなくなった。そのため、被告鉄三は、事業所に投光器を取りに行き、その後わずか約五分間しか経過しないで本件事故が発生したものである。

⑤ このように、被告鉄三らは、暗くなる中で住宅に一刻も早く配水するために少ない人数で数箇所の工事を同時にしなければならなくなり、あせりにあせる状況下であった。

⑥ 本件事故発生場所から西方は、人家がほとんどなく、そのため、事故現場を通行する人車はごく稀な状況であった。

⑦ 被告鉄三らは、本件穴を掘削して出た土を南側に高く盛ってあり、歩いて現場を通過する場合や自転車、バイクによる通行の場合も、盛土や溝に事前に気付き、かつ停止できる状態にあった。

(2) 英男の過失の程度は、次の諸点からみて大きい。

① 本件町道自体は、通行止めになっていなかったが、英男が本件事故発生場所に至るまで長くジョギングしてきた本件県道は、人車とも全面通行止めとなっていた。

② 英男は、本件事故発生場所の近くに居住しており、右全面通行止めになっていることも、右道路で連日上下水道工事を行っていることも十分承知していた。

③ ところが、英男は、真っ暗闇の中をジョギングして本件事故に遭ったものである。

(二) 原告らの主張

(1) 被告らが右(一)(1)で主張する諸点は、被告らの過失を正当化するものではなく、過失相殺において考慮すべきではない。

(2) 本件町道についてはなんらの通行規制もなされていなかった。

(3) 本件県道上の通行規制の標識も、道路法四六条等に定められた正規の法的な通行規制の標識ではなく、事実上の注意喚起のために工事業者等が設置したものにすぎないのであり、しかも、右標識に従ったとしても人の通行まで禁止したものではないから、英男において右標識に反して通行したものではない。現に、付近住民は、生活上欠かせない道路として本件県道を普段どおり通行しており、それに対してなんらの規制や注意もなされていなかった。さらに、右標識は、一般的・抽象的には道路工事による危険等に対する注意を促すものであるとしても、本件穴のような常軌を逸した危険な状況を予測させるものではない。

(4) 本件穴の掘削は、被告会社らの主張によると、本件事故当日の午後急遽掘削するように指示されて行ったというものであるから、付近住民にとっても、本件穴の存在ないし本件町道の危険性は予測できなかった。

(5) 以上のような道路状況の下においては、夜間ジョギングをして道路を通行したことについて英男には何等落度がないというべきであり、過失相殺の主張は失当である。

3  本件事故と英男の死亡との間の因果関係

(一) 原告らの主張

英男は、本件事故により頸髄損傷の傷害を受け、右傷害のために急性心不全で死亡した。

(二) 被告箕輪町の主張

原告ら主張の右事実は知らない。

本件事故と英男の死亡との間の因果関係は不明である。

(三) 被告会社及び被告鉄三の主張

英男が本件事故により頸髄損傷の傷害を受けたこと及び本件事故と英男の死亡との間に条件関係が存在することは認めるが、①被告鉄三は英男の担当医師から「手術すれば治る」と言われていたこと、②英男の担当医師が被告鉄三に症状悪化の理由を教えてくれなかったこと、③英男が依然から糖尿病を患っていたこと、④病理解剖が遺族の承諾が得られずできなかったことなどの事情を考慮すると、本件事故と英男の死亡との間に相当因果関係があるとまでは認められない。

4  損害

(一) 原告らの主張

(1) 逸失利益 金二一四四万一六六〇円

英男の本件事故発生前の平成二年度の所得は年間二七八万九五〇〇円であり、また、英男は本件事故発生当時五二歳であって六七歳までの一五年間就労可能というべきであり、右期間に対応するホフマン係数は10.9808となるから、以上を基礎として英男の逸失利益の本件事故発生当時の現価を算出すると、次のとおり、右二一四四万一六六〇円となる。

(計算式)

278万9500円×10.9808×(1−0.3)

=2144万1660円

(2) 慰謝料 金二四〇〇万円

(3) 葬儀費用 金一二〇万円

(4) 以上の損害額合計 金四六六四万一六六〇円

(5) 原告らの相続分 各金二三三二万〇八三〇円

(6) 弁護士費用 各金二三〇万円

(7) 原告ら各自の損害賠償請求債権額 各金二五六二万〇八三〇円

(二) 右主張に対する被告箕輪町の認否

知らない。

(三) 右(一)の主張に対する被告会社及び被告鉄三の認否

争う。

第三  証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりである。

第四  争点に対する判断

一  争点1(本件町道の管理の瑕疵の有無)について

1  前記第二の二1(三)(2)及び(3)記載のとおり、本件町道には、本件事故発生当時、なんらの照明や柵等の危険防止施設の施されていない状態で本件穴が存在していたのであるから、道路としての通常有すべき安全性を欠いていたことは明らかといわなければならない。

2  ところで、被告箕輪町は、本件町道が通常有すべき安全性を欠くに至ったのは本件事故発生の約五分前であって、被告箕輪町がその危険性を発見し、除去し、回復し、道路を安全良好な状態に保つことは不可能であったから、被告箕輪町には本件町道の管理に瑕疵があったとはいえない旨主張する。

3  そこで検討するに、証拠(甲第二、第三、第一〇ないし第一三号証、第一四号証の二、第一五ないし第二〇号証、乙A第一ないし第四号証、証人向山功洋の証言、被告鉄三本人尋問の結果)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告箕輪町は、平成元年ころから農業集落排水事業として下水道管の布設工事を実施していたが、平成三年度は長岡地区等でその工事を実施することにした。

ところで、下水道管を布設する場合には、これに伴い、上水道管の仮配管工事をし、その後下水道管が布設されたから、その下水道管の上に上水道管を布設するという、上水道管布設替工事をする必要があり、そのため、被告箕輪町は、上水道施設を所有する簡易水道組合に対して、上水道管に関する布設替工事の補償をする必要があった。そこで、被告箕輪町は、箕輪町長岡区内における工事に関し、被告箕輪町長名義の同年五月一日付書面(乙A第一号証)で長岡簡易水道組合長である長岡区長に対し、水道管布設替補償の見積りを依頼し、同区長から同月三一日付回答(乙A第二号証)でその見積りに関する回答を受領すると、その内容を審査了承し、その結果、同年七月一日、同区長との間において、上水道施設に与える損失に関する補償契約を締結した(乙A第三号証)。

(二) そして、被告箕輪町は、長岡区の農業集落排水事業に関し、上島建設に対し、下水道管の布設工事を発注した。一方、長岡区長も、水道工事業者数者に上水道管布設替工事を発注し、被告会社との間においても、同月九日、「農業集落排水事業上水道管布設替補償工事他」の工事に関する契約を締結した(甲第一五号証)。

なお、上島建設の実施する右下水道管布設工事については、工事施行現場責任者は、被告箕輪町の下水道課長の向山功洋が担当し、現場における監督員は、毛利が担当していた。一方、被告会社の上水道管布設替等の工事の監督は、長岡区の水道委員の柴が担当し、柴は、工事中は毎日二回程度工事現場に赴き、被告会社の作業員に対する指示を行っていた。そして、柴は、被告箕輪町の工事の補助員もしており、毛利からの指示を受けていた。

(三) ところで、道路において工事をする時には、道路管理者と協議したり、地元の警察署に道路の使用許可の申請をする必要があったが、被告会社は本件工事に関しては、上島建設が排水事業の工事を請け負った工事区間内でやるだけだから当然上島建設が警察の許可を受けているであろうと考え、その申請をしないまま工事を開始した。そして、被告会社の工事は、本件県道の周辺の箕輪町道も対象になっていたが、被告箕輪町の担当者も、長岡区長との前記補償契約締結のころから、上水道管布設替補償工事において箕輪町道でも掘削工事がなされることは認識していた。

(四) 被告会社は、上島建設の本件県道における下水道工事が同年一一月に始まることから、同月五日から、別紙見取図記載①②④の各点(以下、同図面記載の各地点をさすとき、単に「①の地点」などという。)を順次直線で結んだ線付近において上水道本管の仮設工事及び同本管から各家庭まで仮設の支線を引く工事を実施することになった。

そこで、被告会社は、同月五日、従業員の小島一夫(以下「一夫」という。)及びアルバイトの北城盛春(以下「北城」という。)の二人が本件県道付近で作業をした。次いで、同月六日は、被告鉄三、一夫、敏一及び北城の四人が本件工事現場に赴き、午前八時二〇分ころから、箕輪町道七九一号線上の①地点並びに本件県道上の②及び③の各地点付近で穴を掘削したり(①の地点の穴の深さは約1.2メートル)、②の地点付近の穴を埋め戻したり、また、各家庭までの支線を引くなどの工事をした。

被告鉄三は、同日昼ころ、柴から、このままでは②の地点の西北方面の住宅に水が供給されないので、同図面記載③付近を掘削してその西側にある旧水道管と本件県道にある上水道本管とを繋げる工事をするように指示された。そこで、被告鉄三は、敏一とともに、同日午後一時ころから①で既設の上水道管と仮設管とを繋ぐ工事をした後、同日午後二時前から、本件町道において、本件穴の掘削を開始した。すなわち、被告鉄三は、まず本件町道の北側半分を深さ七〇ないし八〇センチメートル位掘削し、その後北側を埋め戻しながら南側半分を深さ約1.2メートル位掘削したが、水道管が見つからなかったため、再度、北側を掘削し、掘り出した土は本件穴の東側に盛土として置いておいた。この作業は、被告鉄三がバックフォーを運転し、敏一が助手として掘削する先に水道管があるかどうかを手で探るというやり方で行い、通水するまでの間は本件穴の周辺に作業員がいなくなることはなかった。この間、一夫及び北城は、①及び④の各地点の穴埋め戻しの作業や、本管と各家庭への支線とを繋ぐ作業をしていた。そして、被告鉄三は、同日午後四時三〇分ないし午後五時ころ、本件穴を掘削して出てきた水道管と本件県道の本管との接続を終え、①の地点のバルブを開栓して通水した(付近住宅の断水時間は午後一時から午後五時までの予定であった。)。ところが、②の地点の北西方向にある住宅の水道が出なかったため、被告鉄三及び敏一は、本件穴の掘削作業を続け、別の水道管があるか探したが見つからず、そのため、同日午後六時ころ、とりあえず②の地点の北側部分に仮配管工事をして右住宅への水の供給を確保するという方法をとることにした。一方、その前後ころ、①の地点から水が吹き出してきたため、前記四名の作業員全員が①の地点に集合して漏水を止める応急措置をとったが、その後また同地点から水が吹き出したため、再度四人全員が①の地点に集合し、本件穴の掘削に使用していたバックフォーを移動させて①の地点を掘削し、漏水を止める作業を行った。そして、柴も、この漏水があった際工事現場に来ていた。このような作業をしている中、次第に暗くなってきたため、被告鉄三は、本件穴の南東側の本件県道上に二トントラックを置き、その前照灯で本件穴付近を照らすようにした。しかし、被告鉄三は、この日の以上の工事に際し、各掘削箇所の周囲に防護柵を置くなどの危険防止措置を講じていなかった。

(五) 被告鉄三は、同日午後六時四五分ないし五〇分ころ、各地点での作業を続けるに当たり照明が必要であると考え、本件穴を照らしていた右トラックに乗車してその場を離れ、投光器を取りに被告会社に行った。そのため、本件穴の付近には作業員が誰もいない状態になり、また、同日は新月で、同所付近には街灯もないことから、真っ暗の状態となった。そして、被告鉄三の右出発から数分後に英男が本件事故現場を通りかかり、本件事故が発生したものである。

4  以上の事実に基づいて、まず、本件町道がどの時点から道路としての通常有すべき安全性を欠いた状態になったかを検討すると、被告鉄三が投光器を被告会社に取りに行くために本件事故発生場所付近を離れた時は勿論であるが、その前の午後六時前後ころに、被告鉄三及び被告会社の従業員全員が本件穴を離れて①の地点における漏水を止めるための作業を開始した時に、すでに本件町道には、なんらの防護柵等もなく、危険が生じないように監視する者も常にはいない状態のまま、本件穴が存在していたのであるから、道路としての通常有すべき安全性を欠いた状態にあったといわなければならない。なお、被告鉄三及び敏一は、本件事故発生日の午後二時前ころから本件穴の掘削を開始したところ、右に認定したとおり、本件穴の掘削工事はバックフォーを用いて二人で実施していたのであり、本件町道を通行する者が通常の注意を払っていれば本件穴に転落する危険性はなかったということができ、そうすると、周辺に防護柵等の危険防止措置を講じていない本件穴が存在したとしても、それだけで道路としての通常有すべき安全性を欠いていた状態とまではいえなかったというべきである(もっとも、工事中常に二人が本件穴の付近にいることができるとは限らないのであるから、工事担当者としては、その場合に備えて危険防止措置を講じておくべきであったとはいいうるが、二人でバックフオーを用いて掘削作業しているという状態自体についてみると、安全性を欠如した状態とはいいがたい。)。

そこで、次に、被告箕輪町が本件事故を回避する措置をとりえたかについて検討するに、右に認定したところによれば、本件工事は、被告会社が長岡区長から請け負った上水道工事であり、本件穴の掘削工事もその一環をなすものとして実施したというべきであるが、右上水道工事は、被告箕輪町の実施する農業集落排水事業に伴って実施することになった工事であり、被告箕輪町はその内容を審査了承し、長岡区と費用を負担する契約を締結したものであって、被告箕輪町と長岡区とが共同して実施する工事とまではいえないものの、被告箕輪町に関係のある工事ということができる。したがって、本件町道が道路としての通常有すべき安全性を欠くに至ったのは被告箕輪町と無関係な第三者によって突然もたらされたものとはいいがたいところである。そして、被告箕輪町の工事担当者は、被告会社の工事が箕輪町道においても実施されることを知っていたのであるから、町道の管理者としてこれを常時安全良好な状態において維持する義務のある被告箕輪町としては、右工事によって町道に危険が生じないか注意を払っておくべきであったというべきである。具体的には、本件工事の監督を担当していた柴が、被告箕輪町の下水道工事の補助員でもあり、同下水道工事の監督員の毛利の指示を受けていたのであるから、被告箕輪町としては、毛利及び柴を通じて、道路において掘削工事をする際は防護柵等の危険防止措置を講ずべく指導しておくべきであったものであり、仮にそのような指導がなされていれば、柴は、本件事故発生日の昼及び午後六時前後に本件県道付近の工事に立ち会っており、防護柵等の危険防止施設がなされないまま箕輪町道における掘削工事が実施されていることを認識しえたのであるから、被告鉄三らに対して適切な指導がなされたというべきである。そうすると、被告箕輪町としては本件事故の発生を回避する措置を講じえたというべきであり、ところが、そのような措置を講じなかったために本件町道における安全性の欠如がもたらされたのであるから、被告箕輪町には本件町道の管理に瑕疵があったというべきである。

二  争点2(過失相殺)について

前記第二の二1(三)の事実及び第三の一3で認定した事実によれば、本件事故は、被告鉄三らが真っ暗な状態の本件町道上においてなんらの照明や柵等の危険防止施設を施さないで本件穴を放置したことから発生したものであって、被告鉄三らの主張する本件工事の経緯等の事情を考慮しても、被告鉄三の過失及び被告箕輪町の道路管理の瑕疵の程度は著しく大きいといわなければならない。

ところで、被告会社らは、本件県道が全面通行止めになっていたことなどの点を考慮すると英男にも過失がある旨主張するので、検討するに、証拠(甲第二、第一一号証、乙B第一号証、第二号証の一、二、第三、第四号証、証人向山功洋の証言、原告国子及び被告鉄三各本人尋問の結果)によると、本件県道については、被告箕輪町の町長名義で長野県伊那建設事務所長宛てに平成三年一〇月七日付「道路通行制限願」(乙B第一号証)が提出されており、下水道工事期間の同月二四日から同年一一月三〇日までの間、通行規制がなされていたこと、そのため、本件事故発生場所付近交差点(本件県道と本件町道との交差点)から北方約三〇メートルの地点である②の地点に全面通行止の工事標識があり、また、同交差点から北方約二五〇メートルの地点である⑤の地点に「車輌通行止」「工事中につきまわり道」と記載された各看板、「下水道工事の為全面通行止」と記載された迂回案内板及び通行止めの標識が置かれて通行規制がなされ、同交差点から南方約82.5メートルの⑥の地点でも同様の通行規制がなされ、同交差点から西方約二三〇メートルの⑦の地点でも「通行止」の標識が置かれて通行規制がなされていたこと、しかしながら、本件県道は、付近住民の生活には不可欠の道路であるため、付近住民は、本件県道上を歩いて通行したり、自動車で出入りすることもあったこと、そして、本件町道自体についてはなんら通行規制はなされていなかったこと、以上の事実を認めることができる。

そこで、右事実に基づき英男の過失について検討すると、英男は、真っ暗な中、工事による通行規制のある本件県道の近くの本件町道をジョギングしていて本件事故に遭ったのであって、そのような状態の道路を通行する場合には安全性について十分に配慮して通行すべきであり、その点について英男にも過失があると一応いうことができる。しかしながら、本件町道自体についてはなんら通行規制が存在しなかったこと、本件県道についても実際は付近住民が通行していたこと、通行規制のない町道において本件穴のような大きな穴が存在するとは通常考えられないことといった事情を考慮すると、英男の過失の程度は、大きなものではなく、特に、被告らの右重大な過失等に対比すると、極めて軽微なものというべきであって、英男の右過失を損害額の算定に当たり斟酌するのは相当ではないといわなければならない。

三  争点3(本件事故と英男の死亡との間の因果関係)について

証拠(甲第四、第五号証)によれば、英男が、本件事故により頸髄損傷の傷害を受け、右傷害のために急性心不全で死亡したことを認めることができる。

ところで、被告会社及び被告鉄三は、英男が本件事故により頸髄損傷の傷害を受けたこと及び本件事故と英男の死亡との間に条件関係が存在することは認めるものの、本件事故と英男の死亡との間に相当因果関係があるとまでは認められない旨主張する。

しかしながら、甲第五号証によれば、英男は、右頸髄損傷の傷害を受けた結果、脊髄の中を通っている神経に影響が生じ、呼吸機能が低下したこと、英男は、その結果、酸素不足となって心臓に負担がかかり、急性心不全により死亡するに至ったこと、頸髄損傷を受けた場合呼吸機能に障害が生じることは一般的によくありうることを認めることができ、右事実によれば、英男の死亡は本件事故からみて通常予見しえないものとはいいがたく、そうすると、被告会社らの主張する諸点を考慮に入れても、英男の死亡による損害は右被告らの不法行為といわゆる相当因果関係があるというべきである。

四  争点4(損害)について

1  逸失利益 金一七三七万二三三六円

証拠(甲第六号証、第二一号証の一、二、第二二号証、原告国子本人尋問の結果)によると、英男は、本件事故発生当時五二歳の男性で、糖尿病を患っていたものの、原告国子をただ一人の従業員として住宅設備等の事業を行っており、平成二年には年間二七八万九五〇〇円の所得を得ていたこと、同居の家族は、英男、原告国子(原告国子の給与額は九九万円)及び会社員の原告重幸の三人であったことを認めることができ、以上の事実を考慮すると、英男の生活費は収入の四〇パーセントとするのが相当であり、また、英男は、本件事故がなければ少なくとも六七歳に達するまでの一五年間右収入を下らない収入を得ることができたものとみられ、右期間に対応するライプニッツ係数は10.3796であるから、以上を基礎として英男の逸失利益の本件事故発生当時の原価を算出すると、次のとおり、金一七三七万二三三六円となる。

(計算式)

278万9500円×10.3796×(1−0.4)

=1737万2336円

2  慰謝料 金二四〇〇万円

本件訴訟に現れた諸事情を総合勘案すると、英男の死亡による慰謝料は二四〇〇万円が相当である。

3  葬儀費用 金一二〇万円

証拠(甲第二三ないし第三三号証、原告国子本人尋問の結果)によると、英男の葬儀に関し、一二〇万円以上が支出されたことを認めることができるところ、英男の年齢、職業等からすると、本件事故と相当因果関係を有する葬儀費用は一二〇万円であるとするのが相当である。

4  以上の損害額合計 金四二五七万二三三六円

5  原告らの相続分 各金二一二八万六一六八円

6  弁護士費用 原告ら各自について金二〇〇万円

本件事案の内容等を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、原告ら各自について二〇〇万円と認めるのが相当である。

7  以上合計 原告ら各自について金二三二八万六一六八円

五  結論

以上のとおりであるから、原告らの本訴各請求は、原告らそれぞれについて、被告ら各自に対し金二三二八万六一六八円及びこれに対する本件事故のあった日である平成三年一一月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としていずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森一岳)

別紙見取図〈省略〉

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